小説を書くための3つの工程

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 小説を書いてみたい・・・そう思ったことのある人は結構いるのではないだろうか。読書好きの人なら、一度は考えるだろう。人と違った面白い人生経験を積んだ人、日々人間観察をしてあの人はどんな人生を送っているんだろうかと妄想している人。小説のネタは結構転がっている。それを自分の文章で一つの物語にしてみたい。自分で架空の人物に生命を与え、喋らせ、考えさせ、文章の中で生命を与える。これほど楽しい作業はない。しかし、ただ漠然と書き出しても、プロローグで行き詰まってしまう。
 実は小説にはわりと単純なルールがあって、基本的にはそのルールにしたがってブロックのように組み上げていく作業だ。基本的な工程はたった3つ。はじめに作業工程がはっきりわかっていれば、部品を組んでいく作業で迷う事はない。今回は小説を書く為の3つの作業工程について書いてみたい。

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  1. キャラクター作り  登場人物を「脳の中の風景」に立たせる  

 この段階で小説の出来がほぼ決まってしまうという、最も大事な作業だ。建物も設計図がきちんとしていなければ住めるものなど作れない。この部分をおろそかにすれば、どんなに凝った文章を書いても、ただの意味のない文字の羅列に終わる。
 

 主人公ととりまく人間達の詳細な人物設定から始めよう。架空の人間がまるで実際に存在しているかのようにプロフィールを作っていく。登場人物は当然親の影響を受けているから、たとえ登場しなくても最低父母の人物設定も行う。生まれ育った土地の影響も受ける。都会なのか、田舎なのか、山間部か、海の見える場所なのか。その土地ではどんな音が聞こえていたか。どんな匂いがしたか。どんな学校で、どんな教師と出会ったか。どんな女の子にドキドキしたか。クラスのワルガキはどんな奴だったか。得意科目は何か、給食での思い出は? 思いつく限り、すべて書き出す。登場人物達が間違いなく「生きている」と錯覚するほどに、まず彼らをあなたの「脳の中の風景」に立たせる必要がある。初めにその作業をきちんとしておくことで、キャラが勝手に動き出す、と多くの作家が言う。頭の中でその人物達が命を持つのだ。

 


2. プロット作り  全体の大まかな流れを決めておく

 小説は、登場人物が何かをしたことで(逆に何かをしなかったことで)周りの人間がリアクションをして物語が進み、読者がこうなるだろうな、という方向に意識を向けたところでそれを覆す出来事が起こり、最後は作者が主人公にこうなってほしいという結末で終わる。この基本パターンは全体の大きな流れと同時に、小説内の小エピソードにも当てはまる。バルガス=リョサの「緑の家」のように、あえて時系列やその中でのエピソードをズタズタにしてあちらこちらに散りばめてしまうような「革新的」な表現にこだわる人でないかぎり、この「起承転結のパターン」はあまり変えようがない。また、容疑者Xの献身や古畑任三郎、刑事コロンボなどに代表されるような、初めから読者には犯人がわかっていて、主人公が推理をして犯人を追い込む姿を楽しむ倒叙形式の小説は、飛び抜けて魅力のある主人公を作り出す能力や、追い込む側の論理が読者を納得させる高いクオリティであるという事が絶対条件になるので、初心者は手を出さないほうが無難だ。 
 

 作家によってはラストを考えないで始めるという人もいるが、これは天才だからできることで、左脳でなんとかしようと思っている大抵のアマチュアは真似しないほうがいい。この小説で自分が何を訴えたいのか、主人公にどういう気分でラストを迎えさせたいのか。小説の進行と共に生じる主人公の大まかな心の変化をそのきっかけとなる出来事と共に決めておく。小説を書き進めるうちに、もしかしたら違うラストを主人公に与えたくなるかもしれない。そうなれば、その段階でラストを変えてしまえばいい。しかし、変更を考えた段階でそれ以降の流れは変わることになるので、違うラストへの心の変化はあらためてきっちり確認しておく必要がある。そうしないと着地点を見失って散漫なラストになりかねない。

 キャラクターをしっかりつくり、大まかな流れができた。建築で言えば、設計図が完成した段階だ。いよいよこの設計図を元に、建物を建てていく(文章を書いていく)段階に入る。

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3.情景描写は簡潔さとわかりやすさ。会話は自然さ。 

 自分が好きな作家の文章を写経のように写しとることで、文章のコツを体得できるという旧いノウハウがあるが、はっきり言ってあまり意味がない。基礎的な文章力は、文豪の力を借りる以前に小説を書く上で必要なものだし、文豪達はその基礎の上に独自の表現方法などでキャラクターを出しているわけだから、いくらマネをしたところで基礎的な文章力がなければ贋作にすらならないし、もし基礎力があったとしても、それは贋作以上のものにはならない。作家でも画家でも音楽家でも、クリエイティブな仕事は基礎的なテクニックを土台にして、そこに自分のキャラクターを乗せる事で成立している。あなたの小説はあなたにしか書けない。誰のマネをする事もない。
 

 あくまで自分が書きたいものを書くのが原則ではあるが、もし多くの読者に読んでもらいたい、エンターテインメントとしての価値を高めたいと思っているなら、最低限守るべき点はある。情景描写をする際には、読者がイメージしやすい表現を使う事と、簡潔さだ。映像を伴わない小説は、とにかく文章一つで風景を思い浮かべてもらわなければならない。きっちりと頭に思い浮かべてもらいたい一心で、やたらと微に入り細を穿ってしまうとかえって伝わりにくくなる。話の展開上その情景を細かく説明しなければならない時以外は、なんとなく思い浮かぶ程度の表現にとどめておいたほうがいい。読者が勝手に自分でイメージを膨らませてくれる。
 

 会話はとにかく自然であることが重要だ。サラリーマンにはサラリーマン社会特有の会話の「空気」がある。同様に、自営業者、学生、性別、年齢、それぞれが持っている「空気」というものを描き分ける事が必要になる。例えば、同じ合唱をしていても小学生かママさんコーラスかでは、漂う空気が全く違うものになるのは感覚的にわかるだろう。会話はその人物が背負っている社会を映す。ここがリアルに表現できていないと、人物がいきいきとしない。いわゆる「キャラが立たない」状態になってしまう。
初めは身近な人物をモデルにし、自分が関わっている社会に生きる人々を描く事をお勧めする。自分が生きている世界を下敷きにして描けば、それだけリアリティが出やすい。普通のサラリーマンが貴族社会を描こうとすれば、入念な考証をして嘘のない舞台背景を作り上げた上に、リアルな貴族社会の空気までも文章一つで表現しなければならない。松本清張などは広範で深い知識を持ち、学者なども適当な事を言えば突っ込まれるのでビクビクするというほどの博覧強記で知られるが、小説を書く前には徹底した取材活動をして小説にリアリティが出るようにするための努力を惜しまなかった。私達が彼の芸当を真似できるわけもない。まずは身近な素材をベースにすることで、無理なく人物を描くことを心がけたい。

 

 以上の3つが「小説」という建物が建つまでに必要な工程だ。これがノウハウかと拍子抜けするほど、小説を書くために重要な点は簡潔明瞭だ。この基本骨子があって、後はジャンルによって細かく必要な枝葉が付くだけだ。医療小説なら医療知識、登山小説なら登山の知識というように。当然ながら、専門知識のあるジャンルは強みになる。ある業界の内幕を暴露するようなものを書けば、人々の関心も集まる。同じ医療物でも、ミステリーにするのか、コメディにするのか、ホラーにするのかで、必要な知識の深さもシリアス度も変わってくる。書きたいジャンルにフォーカスして、さじ加減を決めていけばいい。

 

 文章で表現したいという欲求はブログでも、ツイッターでもある程度は満たされる。だが、小説を書く事は、それらとは全く違う次元の喜び、充実感を与えてくれる。1作品仕上げた時の満足度は、他のものでは得ることはできない。さあ、後は書くだけだ。